解説
四角の枠内が解説コメントです。解説というか雑談みたいなものですが。
夢主の名前は名前変換タグ表記になっています(名前が#name#、名字が#last#)。プロットと下書き段階だとデフォルト名で書いていることが多いですが、清書する時に変換タグに書き換えます。
第1話 茶会
タイトルは話を書き終わってから決めます。話数だけだと話の内容がわからなくて、あの場面を読み返そうと探す時に困るのでタイトルをつけます。
デスクワークをしながらエドガー・チャン・マルティンはため息をついた。机には書類の山ができている。黒の教団アジア支部長補佐役の仕事は多い。だが、仕事の量は彼にとって大した負担ではなかった。
実験後に目覚めた夢主の一人称から始める案もありました。体が変わった衝撃を書くなら変わる前から書くのがよいだろう、とこの形になりました。
問題は『第二使徒計画』という極秘の実験のことだった。この部屋にいる団員たちは知らない。実験が行われている場所は地下深くにあり、こことは隔絶されていた。あの実験場から戻り通常の仕事をしていると、ほっとすると同時に、ここにいる誰一人としてエドガーがやっていることを知らないのだと思うと目眩がするような感覚に襲われるのだった。
第二使徒計画ってどこまで知られてたんでしょうね……。マリやジョニーは知らなかったから一部の団員だけだと判断しました。第188夜の様子だとヒラの科学班員は知らない?
力強いノックの音がして、エドガーは顔を上げた。勢いよくドアが開いた。
「エドガー、お茶しようぜ」
地の文と会話文の間に改行を入れるのは、その方が私にとっては読みやすいからです。横書きを読むのが苦手でどの行を読んでるのか目が迷子になりがちなんですよね。
キビキビとした動作で中に入ってきたのは、二十代半ばの青年だった。金髪碧眼の白人で、恵まれた筋肉質な体をエクソシストの黒いコートに包んでいる。背中には小銃を背負っていた。胸のローズクロスがなければ、宗教関係者ではなく軍人に見えただろう。
「#name#、お誘いは嬉しいけど今は仕事中なんだ」
「エクソシストの任務報告を聞くのも仕事だろ。茶を飲みながら聞いてくれ。ハノイでなんだかよくわからないハーブティーを買ったんだ」
#name#・#last#は晴れやかな笑顔で、手に持っていた紙袋を掲げた。エドガーは訝しげに眉をひそめた。
「わからないって……怪しいものじゃないだろうね?」
「ベトナム語わかんないからな。その辺の露店で買ったけど怪しげな雰囲気はなかったぞ。多少ぼったくられたかもしれないが」
「君は本当にお茶が好きだね」
#name#は任務に行く度に現地で買った茶葉を持ってくる。酒や煙草、コーヒーよりも、紅茶やハーブティーを好んでいた。
(話に関係ありませんがアリ・アスターの映画『ミッドサマー』を見たばかりで、お茶……天然のドラック……とか思いながら書いてました)
「ここにいる間はアクマに襲われる心配なくティータイムができるからな。トゥイはいるか?」
#name#が支部長室の方を見た。ドアは閉ざされている。第二使徒計画の技術面の指揮をとるトゥイ・チャンはまだ実験場に残っている。
「いや……今は巡視に行っていて。エプスタインと話しがあると言っていたし、しばらく戻ってこないと思う」
「それは残念だ」
#name#は部屋を出ると、しばらくして人数分の湯飲みを盆に乗せて戻ってきた。団員たちに茶を配って歩く。「茶菓子はないのか」という声を、「自分で用意しろ」と一蹴している。
「ほら」
最後にエドガーの机に置いた。白い陶磁器に澄んだ緑の茶が映えている。#name#は茶器にもこだわって、素材や飲み口の厚みが違う物を給湯室に置いていた。エドガーには違いがわからないし、#name#自身も茶の知識があって使い分けているわけではないようだった。その日の気分で選んでいるのだと前に言っていた。
茶の香りは以前嗅いだことがあるものだった。ベトナム出身の団員からもらったことがある。
「ああ、これ蓮芯茶かい?」
「何茶だって?」
#name#は非番でいない団員の椅子を引っ張ってきて、エドガーの向かいに座った。大仰な仕草でお茶の香りを嗅いで、片眉を上げてなかなかといった表情を浮かべる。それから湯飲みを口に運んだ。
味を知っているエドガーには次の反応が予想できたため、フライングで笑い出さないように堪えなければなかった。
「うわっ、にっがっ! 砂糖入れてくればよかった!」
予想通りになってエドガーは吹き出した。引き出しから干し杏を出して渡す。前にズゥから貰った残りだ。
「Danke. そんなに笑うことないだろ」
「Bitte. これは蓮――Lotosのお茶だよ。発芽する前の芽を実から取ったものだ」
二人ともドイツ出身で、簡単な挨拶や二人きりの時は母国語を使っていた。
軽い気持ちでドイツ語表記にして、この後2話で苦労することになります……。
干し杏で口直しをしながら#name#は茶をすする。不味いという理由で残すことはしない男だ。口に入れる時は決死の表情なのに、香りは気に入ったのか嗅ぐ時は満足そうだ。
「でさ、ハノイから帰ってくる途中に飯屋で一緒になった中国人から聞いたんだけど、キョンシーって知ってるか?」
「任務の報告はどこにいったんだい?」
「イノセンスの回収は空振りだったから殊更言うことはない。報告書は帰りながら仕上げたから目を通してくれ」
コートのポケットから、#name#は折り畳まれた紙を出した。エドガーは軽く流し読みした。黒の教団に来て初めて読み書きを習ったという#name#の字はお世辞にも綺麗とはいえない。文章も簡潔すぎるきらいがあるので、いくつか質問しなければならないだろう。
「で、キョンシーの話なんだけど、死人を生き返らす秘術ってのがあるらしんだ」
「いや、あれは死体を魔術で動かしているだけで生き返らせるわけじゃないよ」
「なんだ、そうなのか。俺の中国語もまだまだだな、聞き間違えたか。キョンシーを作らないのか訊きたかったんだけど」
お茶で温まったはずのエドガーの体は急に冷えた。動揺が声に出ないように気をつけながら言う。
「死人を生き返らせる研究はしないのかって?」
「そう。生き返らすまでいかなくとも、瀕死の人間を助けるようなものでもいい」
それはまさにエドガーが秘密裏にやっている実験だった。人を助ける――なんて崇高な理由ではなく、戦わせるためであったが。
エドガーは両肘を机について、手を固く組んだ。震えた指先を押さえつけるために。
自分の体を触る動作は身を守ろうとする印象を与えるので、指を組ませてます。動揺を隠す必要がなければ、「カップを持つ手が震えた」とかにしていたでしょう。
「医術には最大の努力をしているけど」
「それはわかってる。医療班に不満があって言っているわけじゃない。もっとこう、今の治療とは別な新しいことをやったりしないのかと思ったんだ。たとえばそうだな……怪我したり歳取ったら新しい若い体に移植する、みたいな? 義手義足でもいいや。機械仕掛けの。教団の技術はすごいんだろう?」
#name#は屈託ない信頼を向けてくれていたが、今のエドガーは胸を張って教団を誇れなかった。
「君は……そうされたいの?」
「死にたくないからな」
「今の体を失っても?」
「それで生きれるなら」
「そう……」
「そんな研究してないのか?」
「倫理的な問題があるからね」
「そっか」
#name#はあっさりと納得して、茶を飲み干した。#name#にしてみれば、ただのティータイムのちょっとした話題なのだろう。
だがエドガーは身を切り刻まれるような心地だった。倫理的な問題、だなんてよく言えたものだ。自分の行いは許されるものではない。
でも、もし相手がそうされるのを望んでいるとしたら――? なんて魅力的な言い訳なのだろう。ほとんど考える間もなく、気がついたらエドガーは尋ねていた。
「#name#は自分の体が別なものに変わっても生き延びたいの?」
「そう言っただろ。ああ、どうせ体が別なものに変わるなら顔もいじってほしいな。美男子に頼む。いや、どうせなら美女がいいかな」
#name#の口調は軽く、どこまでも冗談でしかない。もしも#name#が被験体として運ばれてきたら、エドガーはやらなければならない。本気で覚悟しなければならないエドガーとの間には大きな溝があった。その溝を気取らるわけにはいかなかった。エドガーは軽口に聞こえるよう祈りながら返す。
「男の方が筋力があるよ。女性は生理があって大変だし」
「生殖機能はとっぱらえばいい。筋力の差はいい感じに強化してなんとかならないのか?」
「無理じゃないとは思うけど」
「なら、もしもの時は絶世の美女で頼むぞ」
#name#は快活に笑った。女性になった彼の姿はまるで想像できない。
「ああ、僕に任せて」
エドガーは少し冷めた茶を飲み干した。干し杏はまだあったが食べる気は起きず、苦味は口の中に残り続けた。
それから#name#・#last#が殉職したのは半年後のことだった。