ブルーウィスキーの男

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ブルーウィスキーの男

begin

 これからヨウメイ・ツザッキィと出会った話を書く。いや、正確には打ち込むか。今おれはパソコンのキーボードを叩いているのだ。どちらかといえば手書きの方が好きだが仕方ない。個人が何かを発表するのにネットが手軽な媒体であることは言うまでもないことだろう。手書きの原稿をスキャンする方法も考えないでなかったが、どうせ最後には画面で活字になるのだから、最初から打ち込んでしまおうと思ったのだ。

 話に入る前にヨウメイについて説明しておこう。一般な有名人ではないから。ヨウメイは海賊の間で、“伝説の海賊”として知らせている。(断っておくが、おれは海賊ではない)ただその知られ方というかその存在の信じられ方は様々で、まだ生きているという人もいれば、もう死んでいるんじゃないかとか、架空の存在じゃないかとか、さらに神様扱いにしている人もいる。
 しかしおれがヨウメイと名乗る人物と出会ったのは事実だ。そいつが伝説の海賊と同一人物であるかは別として。
 これを読んでいる人の中には、だから名前がカタカナ表記なのかと合点した人がいるかもしれない。正式な表記は漢字である。それをカタカナにすることで、“伝説の海賊”ではないと含みを持たせるためなのだと。いいえ、違います。そういう意図はこれっぽちもなくて、単にヨウの漢字が変換で出てこないためだ。メイは冥王星の『冥』だから問題ないが、ヨウは――『匂』の『ヒ』を『缶』にした字だ。おれはこれがヨウメイの名前以外で使われているのを知らない。常用漢字じゃないんだろうな。手書きならこんな字1つで悩みはしないんだがな……。

――と、CAW(著述用人工知能)がソフトのダウンロードするか訊いてきた。ヨウの字を出すために。さすが良くできている。だが断る。わざわざそこまでしなくていいだろう。早く話しに入ろうじゃないか。

 おれがヨウメイと出会ったのは、火星サベイジのバー<軍神>でだった。

continue

 軍神に入ったのはその日が初めてだった。カウンター席でまずブルーウィスキーを頼むと、老マスターの眼が驚きで丸くなったのを覚えている。

「うちの店で初っ端からブルーを頼んだのは今まで1人しかいなくてね」とマスターは言った。「ブルーにこだわりが?」
「眼の色がこうだからさ。普通の琥珀の奴を飲むと、眼の色に合わせているのかと茶化されるからな」
「ああ、言われてみればなるほど、見事な色だな」
「自分の眼と同じ色の酒を飲むなんて気障なまねが似合う面でもないし」
「気障、ね」

 マスターは意味ありげに喉の奥で笑った。その視線がおれの後ろに向けられているのに気づいて振り返ろうとしたが、その前に後から声が飛んできた。

「フムン、気障か。そんな風に思うのは自意識過剰に思えるけどな」

 そう言ったのは壮年の男だった。整った顔にウィスキー色の眼。まさしくおれが今頼んだ酒の色だ。この客が初っ端からブルーを頼んだ1人であると悟った。ウィスキーブルーの眼にひたと見据えられ、自分の頬が引きつるのを感じた。得体の知れないものに狙いをつけられた気分。

「カルマ」と男がマスターと呼ぶ。「いつものやつを」

 その声と表情に笑みが含まれているのが幸いだ。おれは彼を怒らせてはいないらしい。
 男が当然のようにおれの隣に座る。おれをからかってやろうというのが見え見えの態度だったが、不意に真顔になった。

「なるほど、これはあながち自意識過剰でもないか。確かにウィスキー色だ」
「はあ、どうも」
「君は……妙な機体に乗ってなかったか? 二輪の。ここに来る途中、空から見えたんだが」

 空。きっと宇宙船でここまで来たのだろう。男が海賊であることは問うまでもなく雰囲気でわかる。束縛は何であれ嫌いだ、と全身から発せられる、あれ。

「バイクっていうんだ。大昔の乗り物だな。コンピュータも搭載していない上にエンジンを改造しなきゃ走れなかった。化石燃料で走っていたらしい」
「コンピュータもなしによく倒れないもんだ」
「走っているうちはな。止まると、支えがないと倒れる。でも不便だと思ったことはない」

 マスターがブルーを出し、おれはそれに口をつける。飲酒運転を心配したあなた、世の中には酔い止めの薬というものがありますからどうかご安心を。おれだって事故りたくない。ここ無法者の街でおれみたいな小物が大悪党を轢いてしまったら、ムショに入る方がマシな目に合わされる。

「フムン。それでここに来たのか」
「その通り」

 地球であれ火星であれ一般道を走る全ての機体にはコンピュータ搭載が義務づけられている。うるさく言ってこないのはここサベイジだけだ。

「なぜコンピュータを拒否する?」
「誰にもハンドルを渡したくないんだ。コンピュータにもな」
「自動操縦させなければいい」
「普通はそうなんだろうけどな。おれはもし、おれが乗っている時に誰かがハッキングして走らせるかもしれないってだけでも我慢ならなかったんだ。その可能性が限りなく薄いとわかっていても」
「だから、か」
「単純だが、海賊課のインターセプターでも太刀打ちできないぞ、これには」
「海賊課か」

 男は、マスターがその言葉に苦い顔をしたのと裏腹にどこか楽しげだった。

「海賊課との追いかけっこは楽しい?」
「なに?」
「そんな顔してた」
「まさか……手を焼いているよ。特にラウル、アプロ、ラジェンドラのコンビには」
「その名を言うのはやめてくれ、ヨウメイ!」とマスターが身を震わせた。「あの忌々しい黒猫め!」
「猫……?」
「アプロは黒猫型異星人だ」と男はブルーウィズキーを傾けながら。さすが美形、それがなんと様になっていることか。腹立たしい限りだ。「カルマはそいつに左腕を喰われたんだ」
「喰われた!?」

 思わずマスターの左腕をまじまじと見つめると、「義手だよ」とマスターは答えた。

「左腕だけですんだのは奇跡だった。あいつのせいで黒猫アレルギーになってしまったが」
「それはそれは……」

 本気で恐怖しているらしいマスターには悪いが、なんだか冗談でも聞いているみたいに信じられない。だって猫だぞ。犬に噛まれたならともかく。猫が人の腕を噛みちぎれるものか。

「……というか今、ヨウメイって」

 隣の男を見ると、あっさりとした答えが返ってきた。

「私の名前だ。ヨウメイ・ツザッキィ」
「伝説の海賊じゃないですか」
「そう、本人だ」
「わーぉ」

 そりゃねえだろ、と突っ込むのも面倒だったので話を合わせる。それに男が本物だろうが偽者だろうが、どっちでもかまわなかった。酒のつまみになればいい。

「では、ここには伝説の海賊船に乗って?」
「カリー・ドゥルがーから小型の機体に乗り換えて。カリーは停めるにはでかすぎる」
「大型船?」
「中型攻撃型、全長1.6キロ。旧式になった剛構造だ。それでもパワーはあるぞ。……信じていないな」

 図星。だが口では「そんなことないさ」と言っておく。

「……ま、いいが。カーリーのCDS(コンピュータ破壊システム)は本当に舐めない方がいいぞ。君のバイクには関係ないだろうが」

 男はそう言って

can not continue
break in system monitor
use new version
ok
restart

 おっと……失礼した。CAWが途中で壊れたのだ。幸いデータがあり、こうして続きを打つこともできる。だがあの続きを書く気は失せ、代わりに別なことを記そうと思う。どうか少しばかりお付き合いいただきたい。

 CAWが壊れた後、おれは休憩がてら再びモニターに向かうまでに、軍神で一杯やっていた。その時のマスターとの会話で、彼もヨウメイに書いたことのある1人だと知った。
 マスターはとうとう完成させることができなかったと言う。おれと同じ目に遭ったのだ。だがおれはマスターと違いこうして自らの手で著述を終了させることができる。それはなぜか。原因はなんとなくだが、これではないかというものがある。

 おれが、ヨウメイの名前を正しく漢字で書いていないからだ。

 たったそれだけだが、マスターとおれの違いといえばこれくらいしか見当たらないし、小さいけれど案外重要なことではないのだろうか。表記の違いってのは、それだけで別な単語に、意味が変わってしまう。たぶんヨウメイとカタカナで書いてはあの彼を書くことにはならないのだ――彼ではない何か、パロディだろうか? そこらへんはよくわからない。ただはっきりしているのは、彼が著述による束縛すら嫌っているのだ、ということ。いやはや実にいかれている。ここまでするかね、普通。

 おれは被害に遭ったわけだが、清々しい気分でいる。満足といっていい。あの文は彼が本物だと知るための文だったのだという気がする。ならばもう続きを書く必要はない。

 最後にひとつ、たまにはパソコンで書くのも悪くない。

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ok
end