第四話 選抜

「男……?」

 善逸は自分が耳にしたことが聞き間違いであることを祈るかのような、妙に切実な様子で十三に問い返した。

「そんな可愛いリボンつけて着物を着ていて、男……?」
「ああ、そうだ」

 十三は善逸の様子に頓着せず、あっさりと肯定した。腰に回された善逸の手を、もし鬼に襲われたら邪魔だからひっぺがす。よろめいた善逸は地面に手をついた。

「なんで女の格好なんだよ、紛らわしいだろ! くそっ、嘘だろ、最悪だ……」

 先程の凛々しい表情はどこへやら、善逸はすっかりうなだれていた。十三は面白がって善逸を覗き込んだ。

「やる気が出るなら女の子として扱っていいぞ?」
「無理だ。信じたいものは嘘だとわかっていても信じてきた俺だが無理だ。お前、女の子として振る舞う気まったくないだろ!? 無茶言うな!」
「あはは! まあな」
「俺の純情を返せよ!」

 涙ぐむ善逸とは裏腹に、十三はニコニコと笑っている。死にたいと言っていた善逸が元気になって嬉しかった。

「俺を騙して楽しいか!」
「そっちが勝手に勘違いしたんだろ」
「騙すつもりがないならなんのために女の格好してんだよ」
「俺の家は貧しくて、このままじゃ冬が越せねェってなったもんだから、俺が売られることになったんだ。男より女の方が高く売れるんじゃないかって親から妹の服を着せられたんだ」

 昨日の天気でも言うような気軽さで十三はこたえた。十三が育った村ではよくあることだった。姉や兄が身売りや奉公に出され、十三の番が来たというだけだ。

「……悪いこと聞いたな」

 神妙になった善逸に、十三は気にしなくていいと軽い調子で続けた。

「いやー最初は女衒を上手く騙せたんだけど、山越える途中で小便してたらバレちまって」
「さては爪が甘いな?」
「怒った女衒に崖から蹴り落とされて、足怪我して動けなくなって、このまま野垂死にかって時に行商が通りかかってな」
「そいつに助けてもらったのか」
「いや、そいつが鬼だったんだ。喰われるって時にお師匠に助けてもらって。お師匠が鬼を切った時にあんまりにも甘い味がしたから、俺も鬼を切りたい、弟子にしてくれって頼んだんだ」
「甘い味? いや、え? あんた自分から弟子になりにいったの? 鬼と遭ったうえで? 正気か?」
「あ、善逸も味しないのか。お師匠もしないって言ってたな」

 呑気な十三を、善逸は得体の知れないものを前にしたように引いて見ていた。

「で、いまだに女物を着ている理由は?」
「華やかでいいだろ」
「くっ、こんなのに俺は騙されたのか……」

 善逸は立ち上がった。十三が男だという衝撃から回復したようだ。だが、顔色はひどく青ざめている。
 十三は最初に見た時、善逸が鬼に怯えて刀を握れなかったことを思い出した。女だと勘違いしたままの方が善逸にとって恐怖に打ち勝つ力を与えてよかったか、と十三は考えたが、まあすぐにバレただろう。

「なあ善逸、俺と一緒に戦わないか?」
「は……?」

 善逸は怪訝そうに眉をひそめて聞き返した。

「七日後の、ああもう六日後か。選抜が終わるまで一緒に。ひとりより二人の方がいいと思わねェか?」
「十三みたいな強い奴と一緒なら俺は安心だけど……」

 善逸の返事を首肯と受け取って、十三はキラキラと目を輝かせた。

「やった! これで帰りは迷わずにすむ!」
「……はい?」

***

 善逸が十三の言葉の意味をわかったのは、選抜の最終日、山を降りる段になってからだった。

「十三、そっちは逆方向だぞ! さっきから全然見当違いの方に行くね!?」
「善逸がいてよかった。俺だけだったら約束の日までにたどり着けないとこだった」
「だろうね……」

 朝日が二人の姿を照らしている。善逸はげっそりとやつれていた。夜が来る度に死の危険と隣り合わせだったのだから無理はない。十三の方は欠伸しながら歩き、疲労がにじんでいる。

「あっちから声がする。……なんだ? すごい勢いで駆け降りてく奴がいるな」
「山の王か?」
「王?」
「猪の頭した奴がいたんだよ。名前は、えっと、伊之助だ」
「化け物じゃねェか」
「だから山の王なんじゃないか」
「わかんねェよ」

 ふらつく足取りで善逸と十三は進んだ。もう鬼は出ないから気楽なものだ。
 二人の童子が待つ広場に着いた。初日に集まった鬼殺隊の志願者は二十人ほどだった。だが今は。

「死ぬわ」

 顔から血の気を引かせて善逸が呟いた。鬼と戦う過酷さが改めて、目にわかる数字で実感できたのだろう。

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。ここで生き残っても結局死ぬわ、俺」

 そんなことはねェ、善逸は強いじゃないか、と言うと怒られると一緒にいる間に十三は学んでいた。善逸はそっとしておこう。辺りに伊之助の姿はなかった。だが、十三は善逸が言っていたさっさと山を降りた奴が伊之助だと信じて心配しなかった。
 山の方から足音がした。十三は舌に熾火の暖かさを感じた。満面の笑みで振り返る。

「炭治郎!」

 頭に布を巻き、どんな死闘があったのかボロボロの様子だったが、生きて炭治郎は戻ったきた。

「十三! よかった、無事だったんだな」

 炭治郎の表情が明るくなる。
 炭治郎を最後にあとはもう誰も戻ってこなかった。生き残ったのは六人だった。