第五話 鎹鴉

 十三は選抜を生き残った面々をみた。善逸、炭治郎、それから顔に傷のある少年と蝶と戯れている少女。
 選抜の開始の合図をした双子の童子が、今は隊服と階級の説明をしていた。

「今からは鎹鴉をつけさせて頂きます」

 白髪の童子が手を鳴らすと、周囲の木々の枝葉が揺れ鴉が飛び出してきた。鎹鴉は鬼殺隊が連絡用に使う烏だ。
 そのうちの一羽が十三の元に舞い降りてきた。十三は鴉がとまれるよう腕を胸の前に上げた。お師匠の元に鴉が訪れるのを何度か見たことがあり、お師匠は腕に鴉をとまらせていた。腕にとまった鴉に、十三は挨拶をする。

「俺は白竹十三、よろしくな。俺は道に迷いやすいから案内してくれると助かるよ」

 鴉は返事をするように一声鳴いた。そっと手を伸ばしても鴉が嫌がる素振りをしなかったので、十三は鴉の頭を優しく撫でた。

「え? 鴉? これ、雀じゃね」

 善逸の掌にとまる小鳥がチュンと鳴いた。雀は善逸の元にいる一羽だけだった。

「雀もいるのか。踏みつぶさないようにしないとなァ」
「急に怖いこと言わないでくれる!?」

 善逸は雀を守るように両手で包み込んだ。手の中で雀がぷるぷると震えている。

「田んぼの稲を食うんじゃないぞ、いいな?」

 農民だった十三にとって、雀は稲穂を食べる害鳥だった。真剣な表情で言う十三に向かって、雀は何度も頷いた。

「なんなの十三、この子怖がってるでしょ!?」
「そいつが田んぼを荒らさないならなんもしないぞ」

 ギャアッ、と鴉の苦しげな悲鳴が響いた。十三が声の方を見ると、顔に傷のある少年が鴉を振り払ったのか殴ったのかは知らぬが、とにかく暴力を振るったようだ。

「おい大丈夫か?」

 善逸が地面に落ちた鴉に駆け寄った。
 顔に傷のある少年は白髪の童子に近づくと、顔面を殴った。

「あんた何やってんだ!」

 十三は思わず怒鳴ったが、少年は気にかける様子もなく童子の白い前髪をわしづかんだ。

「刀だよ刀! 今すぐ刀をよこせ! 鬼殺隊の刀! 色変わりの刀!」

 少年の腕を炭治郎がつかんだ。

「この子から手を放せ! 放さないなら折る!」

 ミシッ、と骨がきしむ音がする。少年がうめいて童子から手を放した。
 十三はほっと息をついた。

「そんなに焦らなくても刀は逃げねェのに」

 選抜に残った少女は一切興味がないのか顔すら向けず、指先にとまる蝶と遊んでいる。

「お話は済みましたか?」

 黒髪の童子が顔色ひとつ変えず言った。この童子は双子のひとりが殴られたといのに、我関せずとばかりに成り行きを見守っていた。正直、不気味だと十三は感じた。

「あちらから刀を造る鋼を選んでくださいませ」

 童子が示した台の上には、いくつかの玉鋼が無造作に置かれていた。

「鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は御自身て選ぶのです」

 真っ先に顔に傷のある少年が鋼を選んだ。次に炭治郎が。台に近づいた十三は初めて見る鋼に興味津々で、手に取ったり匂いを嗅いでみたりした。

「じゃあこれで頼むよ」

 鋼の良し悪しは当然わかるわけもなく、とりあえず最初に手に取ったものを選んだ。
 刀が出来上がるまで任務はなく、一通りの説明を終えた二人の童子は帰って行った。十三も支給された隊服を風呂敷に包んで帰り支度をすませる。

「なァ炭治郎、俺は暗くなる前に山を降りようと思うけど、炭治郎はどうすんだ?」
「俺はここで休んでから行くよ」

 炭治郎はひどく眠そうで、今にも瞼が落ちてしまいそうだ。

「じゃあ俺は先に帰るな。いつか一緒に鬼退治できたらいいな。その時は道案内してくれたお礼をするよ」
「そんなこと気にしないでいいのに」

 炭治郎は大きな欠伸をひとつした。
 十三は善逸のところへ行った。善逸は炭治郎をちらりと見てきいた。

「知り合い?」
「うん。炭治郎っていうんだ。いい奴だよ」
「ああ、うん、そうだろうな……」
「善逸はどうすんだ? 俺はすぐに山を降りようと思うけど」
「俺を置いていく気か?」

 善逸の目は血走っていた。その迫力に気圧されて、「うわっ」と思わず十三は小さく声を上げた。

「帰りに鬼に襲われたらどうするんだよ!」
「そんなことそうそうないんじゃないか?」
「わからないだろ! 万にひとつのことがこれから起こるかもしれないじゃないか! だいだい十三、俺がいなくてどうやって帰る気だ? 絶対迷子になるだろ」
「フフン。もう俺が迷子になることはねェ」

 十三は自信たっぷりに言うと、肩にとまる鴉を見た。

「さァ鎹鴉! お師匠のとこまで案内して!」

 鴉は一声鳴くと、黒い翼を広げて飛び立った。