Chap.6 The Ghost

 真夏の図書室はたったひとりの生徒のために開かれていた。臨時の司書を務める足のないゴーストが、昔話を幼子に聞かせるかのように静かに語っている。

「これで話は終わりだ」

 ラングレイが話を締めくくると、それまで黙って聞いていたリドルが口を開いた。

「まさかその殺された弟子のこと、あなたのことだとか言いませんよね?」
「勘がいいな。そのまさかだ。歴史に埋もれたひとつの話として、なかなか悪くなかったのではないか?」

 ラングレイは自信ありげに胸を張った。リドルは良いとも悪いとも言わず、代わりに別のことをきいた。

「そんな死に方をしたのに、不死を求める気持ちがわからないというのですか? 不死であれば理不尽に命を奪われることはなかったでしょう」
「ふむ。その発想はなかった。ゴーストになってからの方が何かと便利だからなあ」

 リドルが片眉を跳ね上げる。理解できないと表情が語っていた。

「睡眠も食事も排泄もしなくていい。煩わしい肉欲に悩まされないですむ。リドルも食べる暇も惜しいくらいに何かに集中することがあるだろう? そのような時に自分の肉体のことを考えずにいられるのだ。悪くないと思わないか?」
「そうかもしれませんが、やはり肉体がないというのは半端で不完全な存在ではないですか。物に触れられず、もう死んでいるからと必ずしも人から尊重される立場でもない。ラングレイは生きてやりたいことがなかったのですか?」
「ないな」

 即答した。ラングレイにとって生きている頃とゴーストの今に大した違いはない。

「むしろゴーストになっからの方が人生が楽しいくらいだ。好きなだけ本が読めるしな」

 悔いがあるとしたら彼女の命を救えなかったことだ。殺された時、未来は変えられないのだと思った 。生前に読んだ本の通りになるのだと。
 だが――ラングレイの口元に抑えきれない感情が笑みの形になって浮かんだ。ああ、マートルは生きているではないか!

「ラングレイがゴーストになったのは復讐のためですか?」
「復讐?」
「殺されたのでしょう、男爵に」
「ははあ、なるほど……」

 物騒な考えに、ラングレイの中で目の前のリドルと本のリドルの姿が一致した。

「もしかしてその発想もなかったと言うんですか?」
「そうだな。怒っているし許してはいないが、復讐とまではいかぬな」

 男爵が灰色のレディに冷たくあしらわれるのを見ると溜飲が下がる。ラングレイが何かをするよりも、男爵には堪えるだろうからだ。

「いったいどうしてゴーストになったんですか……。まるでこの世に何も未練がないように見えます」

 そう言うリドルがラングレイには、思い通りのこたえを得られずに不満そうにしている子供に見えた。魔法界では成人の17歳だが、ラングレイの日本人だった頃の常識では、まだ選挙権もなければアダルトサイトも見れない大人の庇護下で守られるべき子供だ。

「だからなんで生にしがみつくのかわからないと言っただろう。……でも未練としたらそうだな……あの予言書が実現するのか、見たかったのかもしれぬな」

 予言書と聞いてリドルの目が赤く光った。まるで巣穴から出てきた鼠を見つけた蛇のような眼差しだった。

「それは秘密の部屋が開くことが書かれていたという本ですか……? その本には他にはどんなことが書いてあったんですか?」
「秘密だ」
「少しくらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「先がわかってはつまらんだろう」

 悪戯っぽくラングレイは笑った。
 ラングレイに話す気がないとわかると、リドルはあっさり引き下がった。しつこく食い下がってラングレイの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断したのかもしれない。

「そうだ、ラングレイのお墓はどちらにあるんですか?」
「まさか墓参りしてくれるのか?」
「こうして知り合った仲ですから」

 リドルの微笑みは何も裏表もないような好青年のものだ。つられてラングレイは相好を崩した。

「ありがたいなあ。もう誰も参りに来る人は生きておらん。さて、どこだったかな」
「まさか忘れたんですか!?」
「いや、墓がある場所がいまどうなっているのかと。今は街や道路ができて名前も変わっているだろう」
「ああ、そういうことですか。それなら昔の地図がここにはあるのですから、今の地図と照らし合わせたらどうでしょう」
「名案だ。ふふ、声を荒げて驚くリドルは貴重だな」
「まさかそんな大事なものを忘れるとは思わないじゃないですか」

 実は命日と誕生日は忘れた、と言ったらリドルは呆れることだろう。
 宙に浮くラングレイが滑るように移動し、リドルひとり分の足音が響く。地図がある棚へ2人は移動した。

「誰かが自分のために何かをしてくれるのは嬉しいなあ」

 ラングレイは目を細めて笑った。たとえそれが、レイブンクローのブローチが目当てで、気持ちが全て偽りでも。
 これは騙されるはずだ、とラングレイは本のリドルがしたことを思い出していた。わかっていても不快ではないのだから、すっかりリドルのことを気に入っているのをラングレイは自覚した。