今日は治療に専念しましょう

 朝食は食べ終わった。さて今日の予定はなんだろう。マイルームで端末を操作して、スケジュールを表示させる。
 ロマ二、ダヴィンチちゃんからの指示なし。新しい特異点の出現なし。……ふむ、種火周回でもいきますか。暇そうなサーヴァントに声をかけよう。椅子から立ち上がったその時だ。
 マイルームのドアが開いた。規則正しい靴音が響く。赤い軍服を着たサーヴァントの姿。

「マスターには治療が必要です」

 前置きもなくナイチンゲールは言った。私は首を傾げた。

「どこも怪我してないし風邪もひいてないよ」
「いいえ。マスターには早急に治療が必要です。自覚がないようですが、貴方はいま大変な状態にあります」

 そう言われても、いたって健康だし、この前のレイシフト後の検診も無事終了。木の枝で引っかいてできた頬の傷は、魔術を使うまでもなく、一般的な絆創膏で完治している。魔獣の残党を退治するだけの、優秀なサーヴァントたちのお陰で危険な目に遭わずに任務は終わった。というわけで、ナイチンゲールの言葉に素直にうなずけるはずはない。

「これから種火集めに行くんだけど」
「いけません。今日は一日治療に当てて頂きます」

 これ、私がうなずかないとラチがあかないやつだ。だって彼女バーサーカーだし。種火周回は明日にでもしよう。

「……しょうがないな、いいよ」

 部屋を横切って、ドアの開閉ボタンに手をかける。するとナイチンゲールに呼び止められた。

「どこへ行くのです?」
「どこって医務室に」
「治療はここで行います」
「ここで?」
「はい。まずは私とトランプをしましょう」

 ナイチンゲールはウエストポーチからカードを取り出した。彼女がそこから消毒液やガーゼ等の医薬品以外を出すのを初めて見た。
 治療。トランプ。その2つが結びつかない。呆然としていると、ナイチンゲールは真顔できいてきた。

「他のゲームがお好みでしたか?」
「……それが、治療?」
「ええ」

 生真面目な彼女が言うのだから冗談じゃなく本当に治療行為なのだろう。……いや、マジで?

「他はチェスか……ああ、ナーサリーがスゴロクを持っていましたね。テレビゲームは30分おきに目を休めるならいいでしょう」
「トランプでお願いします。というか全部遊びじゃないの?」
「さて。最初は何からしましょう? スピード? セブン・ブリッジ?」
「じゃあ神経衰弱で」

 いったい何の治療なのかと疑わしい目を向ける私に対し、ナイチンゲールは素知らぬ顔でカードを切る。慣れた手付きだ。ナイチンゲールだって人生を全て看護に捧げたわけではなく、こうしてカードで遊ぶ日もあったのだろう。高潔な英霊の人間らしさを見て、なんだかホッとした。親しみを覚えたっていうのかな。
 トランプで遊ぶのはいつ以来だろう。やり始めてしまえば熱中するもので、午前中で2人でできるトランプを一通りやった。セブン・ブリッジで私が勝って、ナイチンゲールが無表情を崩して悔しそうな顔をした時は嬉しかった。スピードは全敗したが、まあサーヴァントの身体能力に一般人が勝てるわけもなく。
 お昼はエミヤの美味しいご飯を食べて、午後はチェスをしたり娯楽室にあったボードゲームを片っ端から2人で試したりした。
 うん、やっぱりこれって。

「治療っていうかこれじゃただの休日じゃん」

 マイルームのベッドに仰向けに倒れこむ。
 隣に腰掛けているナイチンゲールは「その通りです」と言った。

「マスター、貴方には休息が必要なのです。人を健康にするものは、錠剤や点滴だけではないのですよ」
「……心配かけちゃってた?」
「有休消化率が低いのも気になっていました」
「ゆーきゅうしょーかりつ」

 そういえばハロウィンで取り損ねたしなあ……。チェイテピラミッド姫路城……。

「マスター、眠るのでしたら私の膝をどうぞ」
「膝枕までしてくれんの!?」

 思わず身を起こす。
 ナイチンゲールは何も言わずに微笑んだ。聖母像のような美しさに目を奪われる。

「じゃあお言葉に甘えて……」

 柔らかな太もも、温かな体温。気持ち良さに目を閉じると、ナイチンゲールは頭を撫でてくれた。子供の頃、母さんがしてくれたのを思い出す。

「……また今度、治療に付き合ってくれる?」
「喜んで」

 自分で思っていたよりも疲れていたんだろう。すぐに心地良い眠気に誘われた。

「おやすみなさい、マスター。良い夢を」