月と踊りましょう

 魔法薬学はハッフルパフとレイブンクローの合同授業だ。授業が終わるとみんな寒い教室からさっさと出て行く。
 白い息を吐きながら誰がかっこいとか誰を狙っているとか話す同寮生から離れて、ルーナのところに駆け寄った。このところみんな浮き足立っている。恋愛色の強い話が中心で少し身の置き場がない。

「ルーナ、今日のイヤリングも素敵ね」
「ありがと」

 小魚のイヤリングが耳で揺れている。ルーナは今日も可愛い。ルーナのファッションセンスは変だってみんな言うけど、個性的で私は好きだ。ルーナに似合ってるし。変だっていうなら、マグル生まれの私からしたら、三角帽子とローブの格好の方がいまだに変な感じがする。

「ルーナは冬休みどうするの?」
「家に帰るよ」
「今年はクリスマスパーティがあるのに?」

 三校対抗試合の一環で開催されるイベントだ。他校との交流を深めるためとか礼儀作法を学ぶとかなんとか、教育上の御託はどうでもいい。こんな面白そうなもの逃せるかってわけで。
 ただ無条件で参加できるのは4年生からだ。3年生以下は先輩のパートナーにならないと出れやしない。子供は付き添いが必要ってわけだ。

「どうせ誘われないもン」
「そんなことないって! 私が上級生なら真っ先にルーナを誘ったよ! あいつら見る目がないんだ」

 つい大きな声が出た。ルーナの目がびっくりしたように見開かれたが、すぐにくすくすと笑いだした。屈託のない笑顔は見惚れるほど可愛くて、でも、

「ありがとうウェンディ。でも私たちは女の子同士だよ?」

 その言葉は、私にはつらい。

「あはは、そうだね。うっかりしてた」

 引きつりかけた頬を、無理矢理笑って誤魔化す。何気ない言葉が――あたりまえの常識を口にしているからこそ――胸に突き刺さる。
 ダンスパーティーのペアは男女であるべし。異性愛を前提にした伝統は同性愛者に優しくない。
 そう、私はルーナに恋をしている。だけど、たぶん、きっと、ルーナはストレートだ。(同性愛者をノーマルって言うのは差別的だから私は使わない。だって同性愛者も普通に結婚する世の中だったら、わざわざ異性愛だけを指して「ノーマル」って言う? 私は同性愛もノーマルな社会で生きたい)

「ジニーは上級生の男の子を誘っているみたいだよ」
「ふうん、そうなんだ」

 ルーナが他の女の子の話をするのはちょっと面白くない。特にジニーはルーナに馴れ馴れしいし。

「ウェンディは誰か誘わないの?」
「しないよ。ルーナがいないんじゃ行ったって楽しくないもの。あーあ、ルーナと一緒に行きたかったな」

 ルーナのドレス姿を見たかった。絶対可愛い。どんなアクセサリーをつけてくるんだろう? 考えただけでワクワクする。一緒にダンスを踊れたらさらに最高だ。
 ……待って、ダンスを踊るだけなら何もパーティに行く必要はないんじゃない?
 思いついた。憂鬱さを吹き飛ばす閃きに、私って冴えてると自画自賛する。

「ねえ、クリスマスはうちに来ない? 音楽をかけて私たちだけのダンスパーティを開くの。一緒に踊ろう?」

 ルーナが大きな目をぱちぱちと瞬かせた。長い睫毛が動く様子は蝶が羽ばたきするように優雅だ。

「いいの?」
「もちろん!」

 ルーナの瞳がキラキラと輝きだした。色素の薄い目は夜空に浮かぶ銀色の月のようで、私の視線は吸い込まれる。

「友達とクリスマスを過ごすのは初めて。あ、でもパパがひとりになっちゃう」
「ルーナのお父さんも呼ぼう。パパとママに手紙を書いて聞いてみる」

 急すぎると怒られるだろうけど、パパとママも楽しいことは好きだから大丈夫だろう。
 私はルーナに手を差し出した。映画で何度も見た作法で。画面の向こうの俳優は燕尾服を

「私と踊って頂けますか?」

 ちょっとだけ気取ってお決まりの言葉を口にするとドキドキした。もしかしから頬が赤くなってるかもしれない。

「うん、喜んで」

 ルーナはくすくすと笑って、私の手をとった。小さくて柔らかい。そこにあるのが友情だけだとしても、私は決してこの手を離さないだろう。