毎年クリスマスは母方の従姉たちが遊びに来た。ベラトリックス、アンドロメダ、ナルシッサの三姉妹のうちまだホグワーツに在学している下の二人は普段会えないレギュラスをかまい倒すことにしたようだ。
アルタイルは自分が標的じゃないことにほっとした。年上の従姉たちに対抗する力は持っていない。しかし、一番上の最も手強い相手はアルタイルの座るソファに近づいていった。
柔らかな絨毯が足音を飲みこむ。『ドラゴンに変身しようとした魔女』という本を読み始めたアルタイルは、声をかけられるまで彼女の接近に気づかなかった。
「はあい、アルタイルちゃん。ベラお姉様とおしゃべりしましょ」
歌うような節をつけてベラトリックスは言った。問答無用で隣に腰を下ろし、長い足を組む。
「チェスなんて好きじゃないもの」
ベラトリックスが甘えるように唇をとがらせた。虎にじゃれつかれているようでアルタイルは生きた心地がしない。機嫌のいい大型の肉食動物のみたいだとは本人には口が裂けても言えないが。
レギュラスたちはテーブルにチェス盤を広げていた。対戦の組み合わせはレギュラス対アンドロメダ。ナルシッサはレギュラスの横で加勢するようだった。三人のチェスの腕前を考えると、妥当な分かれ方だ。
「ねえねえ可愛いかわいいアルタイルちゃん。シリウスがグリフィンドールに入って嬉しいんでしょ」
「はあ?」
アルタイルは怪訝な声を上げた。反応を面白がるように、ベラトリックスは微笑んだ。親や祖父母たちは若い頃のヴァルブルガにそっくりだと言うが、アルタイルはシリウスが女だったらこんな顔だったのだろうと思う。
「そんな顔をしてもムダよ。私にはわかるんだから。お父様もお母様もシリウスなんてブラック家にあるまじき者だって言っているわ。それが嬉しいんでしょ、ねえ?」
ベラトリックスは内緒話でもするように声を潜めて囁いた。黄金虫を砕いて混ぜたかのような口紅が、光の加減で赤や緑に色を変えた。
「だってもう誰もあなたよりシリウスが当主にふさわしいなんて言わなくなったんだもの」
ベラトリックスの目にあるのは確信と暇つぶしを見つけた好奇心だった。彼女のペースに乗せられないよう、アルタイルは突き放すように言う。
「何を馬鹿なことを。こっちはシリウスみたいなのがいて困っているんだから」
「おやおや、誤魔化さなくていいのよ」
「やめてください」
アルタイルは、頬をつついてくるベラトリックスの指を払いのけた。
「怒っちゃった?」
ベラトリックスが声を立てて笑った。アルタイルはこの従姉が苦手だった。
***
ホグワーツに戻る時は、両親とレギュラスがキングズ・クロス駅まで見送りに来てくれた。母親は休暇初日の荒れた姿はみじんもなく、綺麗に結われた髪と隙のないたたずまいだった。
「今年は一位をとれるよう勉学に励むのよ」
「はい、母様。ブラック家の名前に恥じない成果を出してみせます」
首位は無理だと思うものの、だから努力しないということはアルタイルの性分に合わなかった。それに、新しいことを知るのは楽しいので勉強は苦ではない。
「家のことは僕に任せて」
レギュラスが幼い顔に使命感をみなぎらせる。弟を家に残していくことは気がかりだったが、レギュラスの決意に水を差すことができなかった。
「うん。頼んだよ」
アルタイルはホグワーツ特急に乗り込んだ。いつ感情を爆発させるかわからない母親から離れられて安心した。
長い道のりをエリックとローズのいるコンパートメントで過ごした。ウィリアムは帰省せず、ホグワーツに残っている。
「なんでホグワーツに行くのにマグルの乗り物に乗らなきゃいけないんだ」
エリックがうめいた。新入生の時に初めて汽車に乗り、ひどい乗り物酔いに苦しんだことがあるのだ。酔い止めの薬を飲んでいるので今はなんともないはずだが、すべての百味ビーンズが当たりだと思えるほどまずいらしい。
「僕らは魔法使いなんだから、箒とか煙突飛行とか他にも手段はあるだろ」
「箒でホグワーツまで飛んだら私、途中で行き倒れるわ」
「生徒の数が多すぎて煙突ネットワークがパンクする」
「なら、馬車だ。天馬を飼おう。というかホグズミートのプラットホームからは馬車を使っているんだし、あれを使えばいいじゃないか。アルタイルのお父様はホグワーツの理事の一人だろう、僕の要望を伝えてくれないか」
「考えておく」
汽車を導入するにあたりマグルの物を利用することへ反対はあったはずだし、十二歳の子供が思いつく案はとっくに議論されているはずだ。
「友達がこんなに苦しんでいるんだぞ。もっと親身になってくれてもいいじゃないか」
ぶつぶつ文句を言うエリックは脇におき、ローズがアルタイルに話をふった。
「休暇はどうだった?」
「疲れたよ」
「休暇なのに」
「我が家のクリスマスは従姉と過ごすと決まっているんだ。つまり――ベラトリックスがいる」
ベラトリックスの名前を出した瞬間、エリックもローズも納得した顔になった。昨年一年間、同じ寮で過ごした。ベラトリックスは誰にでもあの調子で、人の嫌がることを面白がってしたのだった。
休暇が終わって初めての日曜日、アルタイルは梟小屋に向かっていた。ポケットの中の一筆箋はシリウス宛のものだった。
寮と学年が違うと、会おうとしなければいくらでも接点が薄くなる。食事の時間に顔を見かけるくらいだ。シリウスの行動は派手なので、ジェームズと一緒に何をしでかしたか噂はいくらでも流れてきたが。わざわざシリウスに声をかけたりしないし、シリウスだってそうだ。
仲の悪い兄弟、というのが周囲の評価だった。
もしも大広間でシリウスに話しかけたら、余計な注目を集め噂のタネになることは明白だ。それを避けるための梟便だったが、途中でシリウスを発見した。
壁に背を預けていつもの三人――ジェームズと鳶色の髪の少年と小柄な少年――と話していた。それだけなのに絵になる。アルタイルと容姿は似ているが、人目を惹きつける華があるのはシリウスだった。
他に人はなく、これなら話しかけても大丈夫だろう。
「シリウス、話がある」
「なんだよ」
シリウスは面倒くさそうにしながらも友達からはなれた。人気のない廊下に移動する。額縁がかかっていないので、絵画の住人に立ち聞きされることもない。
「家から伝言でも頼まれたか? だったら聞かねえよ」
「そんな馬鹿馬鹿しいことで時間を潰すか。母様から小言の二十や三十預かっているけど、どうせ言っても無駄だろ」
「クソババアと違って話がわかるようで何よりだ」
もしも他の生徒が通りがかり気安く話す二人の様子を見たら、仲が悪い兄弟とはなんだったのかと目を疑うだろう。互いに存在を無視するような普段の振る舞いとはかけ離れていた。
アルタイルはシリウスのグリフィンドール入りを反対していない。ただ、許さないというブラック家の考えを長男として態度で伝えているだけで。人前での態度は演技のようなものだ。
「で、何の用だ」
「レギュラスになんで手紙を書かないんだ」
シリウスはきょとんとした。
「出したぞ、ちゃんと」
「一回しかこないと気にしていたぞ」
「だってそんなの……あいつだって俺からきても迷惑だろうさ。レギュラスは親の言うことは絶対のいい子ちゃんなんだから。アルタイルや俺と違って」
「迷惑なら手紙が来ないことを気にしないだろう。あと、お前と一緒にされるのは心外だ」
「はっ。アルタイルも結局は親の言いなりでいい子ぶってるもんな」
シリウスは親に逆らう時のような挑発的な目をアルタイルに向けた。
「でもレギュラスは違う。あいつは本当にいい子なんだ。親の言うことを馬鹿正直に信じるくらいの。親に逆らった俺の言うことなんかとっくに嫌いになってる」
シリウスがレギュラスのことを断言したことが、アルタイルは気に食わなかった。口調がきつくなる。
「レギュラスに会ってもいないのに、よくわかったように言えるな」
「わかるさ、これくらい。これで話は終わりか? だったら帰るぜ」
シリウスが歩き出した。その背に向かってアルタイルは「いいから手紙出せよ」と言ったが、返事はなかった。
(title by as far as I know)