番外 きよらかな孤獨

 レギュラスと叔父のアルファードの話
 時系列:第2話(シリウスの組分け)~第3話(クリスマス休暇)の間

 

***

 コツコツと部屋の窓を叩く硬い音がした。封筒をくわえた梟がくちばしでノックしている。レギュラスは自室に招き入れ、手紙を受け取った。差出人はアルタイルだった。
 今日もシリウスから手紙は来なかった。
 レギュラスは小さく肩を落とした。ホグワーツに入学する日、手紙を出すと約束したのに。一度だけ届いたきり音沙汰はない。

「ひどいと思わない?」

 レギュラスは梟に同意を求めた。シリウスが筆まめとは思わないけれど、あんまりではないか。家のことを考える気持ちはあるのだろうか?

「ホグワーツに行ったら、シリウスをつついてよ」

 本棚の上で羽を休めている梟は、承諾しかねるというように片目を細めて首を傾げた。シリウスは大雑把に見えて動物の世話はまめにするので、この梟もどちらかといえばレギュラスよりシリウスに懐いていた。
 手紙には、ナルシッサの他人を変身させる練習に付き合わされ散々な目に遭ったが、去年ベラトリックスが調合した愛の妙薬の実験台にされかけた(アンドロメダがとめてくれて助かった)ことに比べたらマシという内容が書かれていた。淡々とした筆致でつづられているのが妙におかしく、レギュラスはクスリと笑いをこぼした。早くホグワーツに入学したい。兄たちがいない生活がこんなに退屈だとは思わなかった。
 だが、次の文章を読んだレギュラスから笑みが消えた。

『シリウスはグリフィンドールに馴染んでいるようだ。グリフィンドール生と馬鹿なことをやっては減点されている。まったく頭が痛い』

「馴染むってなんだよ」

 不満がそのまま口から出た。シリウスがグリフィンドールに入ってから、家の中は滅茶苦茶なのに。母様の心はシリウスのことで占められているようで、些細なことで怒ったり泣いたりしている。母様を刺激しないよう、レギュラスは息をひそめるような毎日を送っていた。昔から興奮したら手がつけられない人だったから、こういう時は何もせず、嵐が去るのを待つように耐えるしかない。シリウスは母様がどんな気持ちでいるのか知っているのだろうか。
 アルタイルはシリウスよりは家のことをわかっているはずだ。だが、シリウスの件を他人事のようにとらえているような感じを文面から受け取ることがある。家から離れた所にいて、母様と直接会わずにすむのだから気楽だよな、とレギュラスは思う。
 ドアをノックする音がした。レギュラスは手紙を引き出しにしまってから、返事をした。入ってきたのは叔父のアルファードだった。

「久しぶりだな、レギュラス。元気にしていたか?」

 レギュラスは顔を輝かせて駆け寄った。アルファードはレギュラスに箒の乗り方を教えてくれた人だ。

「白い顔をしているな。外で遊んでいないんじゃないのか? 勉強も大事だが、遊びも必要だぞ」
「だって一人で飛んでもつまらないよ」

 レギュラスはくだけた口調で言った。アルファードは年上には敬語を使えと叱るような礼儀にうるさいタイプではない。

「じゃあ私と一緒に飛ぶか」
「やった!」

 レギュラスとアルファードは煙突飛行でロンドンにある本邸からカントリー・ハウスに移動した。森の側にあり、充分に飛び回れる広い庭がある。本邸はマグルの町中にあるため、外で遊ぶことは禁止されていた。
 風の冷たさをものともせず飛び回る。アルファードは子供と本気で遊んでくれる大人だ。レギュラスは久しぶりに心から笑った。ボールを投げ、奪い合い、アルファードが根を上げるまで夢中で遊んだ。

「あー、もう年だ。飛べねえ」

 アルファードは芝生の上に寝転んだ。レギュラスはまだ飛び足りなかったが、肩で大きく息をする叔父に無理は言えなかった。レギュラスは箒から降りて隣に座った。

「うまくなったな」
「まあね」

 レギュラスはにっこりと微笑んだ。飛行に関してはアルタイルにもシリウスにも負けない自信があった。

「ホグワーツに入ったらクィディッチのチームに入りたいんだ」
「レギュラスならできるさ。ポジションはどこがいいんだ?」
「やっぱりシーカーがいいな。飛べるならどこでもいいけどさ」
「すばしっこいレギュラスにはぴったりだな」

 叔父が疑いなくできると信じてくれることが嬉しい。ただ、母様と違い寮のチームに入ることはブラック家に名誉を持たらすとは言わないのだな、と複雑な気持ちになる。その家への忠誠の低さが他の大人たちから疎まれる原因だというのに。

「……ねえ、叔父様とシリウスって似ているよね」

 レギュラスは叔父の笑い皺のある顔を見ながら言った。アルファードは驚いたように目を丸くした。顔立ちだけを見るならアルファードとシリウスはそれほど似ていない。

「顔は母様とベラの方に似ているけど、性格がさ。あまり純血主義を良く思っていないところとか」
「あー……」

 アルファードはばつが悪そうに顎を撫でた。

「ヴァルブルガから『シリウスに悪影響を与えたのはお前だろ』と怒られたよ。それでレギュラスにも近づくなと言われて、今日までなかなか会いに来れなかったんだ」
「母様は心配しすぎだよ。僕が血を裏切るわけないのに」
「血がそんなに大事か」

 レギュラスはアルファードを軽く睨みつけた。大好きな叔父だったが、たまに純血主義に疑いをはさむようなことを言うところは嫌いだった。シリウスがグリフィンドールに入ったのは叔父の影響だと言う母の気持ちは理解できる。

「そんな怖い顔をするな」
「シリウスは叔父様みたいになるんだと思ってた」

 レギュラスは仏頂面のまま言った。

「叔父様はこんなのだけどスリザリンに入ったし、シリウスだってスリザリンに入るんだって思っていたんだ。でも違った。……シリウスがグリフィンドールに入ったなんて信じられないよ。しかも、自分からグリフィンドールに入れてほしいって組分け帽子に言ったっていうんだ。本当に何を考えているんだろう。手紙を出しても全然返事は来ないし……僕とはもう話したくないのかな」
「そんなことはないと思うけどな。シリウスは筆不精なだけだろう。帰ってきたら話し合えばいい」
「そうだね……そうするよ」

 両親には話せなかったことを吐き出すことができて、レギュラスの気持ちは少しすっきりした。でも、シリウスはクリスマスに帰ってくるのだろうか。心の隅では不安が残った。

「そうだ、レギュラスにプレゼントがあるんだ」

 アルファードがレギュラスを元気づけるように声を張り上げ、ローブから小さな木箱を取り出した。手のひらに収まる大きさで、金色の留め具がついている。

「何これ?」
「開けてみろ」

 中には黄金色のボールが入っていた。レギュラスがそっと摘み上げると、折りたたまれていた羽が広がった。薄い羽が音を立てながらはばたきだした。

「スニッチだ……!」

 レギュラスは瞳を輝かせながらスニッチを見つめた。数ヶ月すれば魔法が切れて動かなくなるような玩具とは違い、試合で使われる本物だ。

「これがあれば一人で飛んでもつまらなくないだろ」
「叔父様、ありがとう!」
「なくすなよ」
「大丈夫。見てて、ちゃんと捕まえるから」

 レギュラスはスニッチを放すと、すぐに箒に飛び乗った。暗い気分を振り切りたくて勢いよく地面を蹴り、空に飛び上がった。

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