第22話 これはひとつの秩序

 クリスマス休暇が終わる前に、ブラック一家はマルフォイ邸を訪れた。石造りの邸宅は要塞のように厳めしい外見だが、中は豪奢な調度品で彩られている。
 銀糸で模様を織りこんだ緑の絨毯が一面にひかれていた玄関ホールで、アブラクサス・マルフォイが出迎えた。

「雪の中よく来てくれた」
「この度はルシウスの婚約おめでとう。マルフォイ家とブラック家の結びつきが強くなるのは喜ばしいことだ」

 オリオンが祝いの言葉を述べる。ナルシッサとルシウスの婚約が正式に決まったのだ。
 ブラックとマルフォイが結婚するのは何度目なのか、アルタイルは頭の中で家系図を広げてみる。絵本代わりに母が読み聞かせたその図を、アルファベットを覚えるように暗記していた。後継が生まれず途絶えた家系、穢れた血が混じり消された家系……純血の数は減っていく一方だ。

「このまま闇の帝王が魔法界から穢れた血を排除してくれたら言うことはないのだが」

 そう言いながらアブラクサスは客間へ案内した。この時世、純血が二人以上集まれば話題は決まっている。
 シャンデリアに照らされた部屋にはマルフォイ夫人とルシウス、ナルシッサと彼女の両親がすでにそろっていた。エメラルドグリーンのドレスに身を包み、銀の髪飾りで装ったナルシッサはいつにも増して美しかった。

「はあい、アルタイルちゃん。あんた我が君の誘いを断ったんだって?」

 そして、妹の婚約だからベラトリックスがいるのは当然だった。光沢のある黒いドレスから杖を取り出し、くるりくるりと指先で回して弄ぶ。隣には夫のロドルファスがいるが、卓上を彩る花瓶くらい無害な存在だ。

「待て、ベラ、なんで杖を出しているんだ」

 アルタイルは思わず手をローブにしまっている杖に伸ばしかけ、意思の力でとめた。落ち着いた話し合いに持ち込むにはこちらに武器がなく、戦意がないことを示すべし。果たしてベラトリックス相手にどこまで通じるかわからないが。無抵抗のままなぶられる予感しかしないが。

「身の程知らずなアルタイルにはお仕置きが必要だと思うの。ええ、可愛い従弟だもの、とびきりの魔法を味あわせてあげる」
「ちょっと、暴力はやめてくれる? ここはあなたの家ではないのだから」

 ナルシッサがたしなめた。だがベラトリックスは杖先を口元へ上げ、獲物をいたぶる前の獣さながらに舌なめずりした。

「我が君の誘いを断るなんて、あんたも偉くなったものねえ。せっかくシリウスの馬鹿の尻拭いができるっていうのに」
「あなたはアンドロメダの分も仕えているつもりかしら、ベラトリックス」

 すかさずヴァルブルガが言い返した。ベラトリックスは肩をすくめ、さすがに本家筋からの言葉で杖をしまった。アルタイルだって本家の者なのだが、ベラトリックスの中の序列では上の方ではない。
 アルタイルはマルフォイ一家が伺うような視線を寄越しているのを感じた。アルタイルが帝王につかないことをどう説明するのか待っているのだ。だから他人の家で杖を抜くベラトリックスの非常識な行いを見逃したのだろう。

「アルタイルが帝王と共に戦わなくとも、うちにはレギュラスがいるわ」

 ヴァルブルガの態度は毅然としていて反論を許さない。レギュラスは幼さの残る顔を凛々しく引き締めた。
 さらにオリオンが主張を重ねる。

「息子が二人戦死してブラック家の血を絶えるようなことは防がなければならない」

 当然のようにシリウスは除外されていた。
 アルタイル自身の口から説明することは両親が望んでいないから沈黙を保つ。
 アブラクサスがうなずいた。

「ああ、ただでさえ少ない貴重な純血を減らすわけにはいかないからな。穢れた血どもの鼠のような繁殖力が羨ましい。ルシウスとナルシッサには期待しているぞ」

 これでこの話題は終わりだ。ベラトリックスはつまらなそうに長い黒髪をかき上げた。
 ひとまずアルタイルの首の皮はつながった。しかし、一年後も無事という保証はない。闇の帝王を旗印に純血の団結を強めるということは、そうでない者を排斥する力もまた強まるということだ。
 しばらくして、手洗いに行くと歓談から抜け出し、静かな廊下で大きなため息をついた。帰ったら母様からお前のせいで恥をかいたと責められるのだろう。今ならシリウスと愚痴で盛り上がれると思う。
 用を足し終えても客間へ行く足取りは重くなる。窓から庭を覗くと、悩み事など何もない顔で白い孔雀が優雅に歩き、雪の上に足跡を残していた。

「長男が兵役から免除されるのはよくあることだ」

 廊下にルシウスが立っていた。死喰い人として彼はもうマグルを殺したのか、仲間にならない選択をしたアルタイルは訊けなかった。

「次期当主で長男のルシウスから言われると重みが違うな」
「責めてはいないさ。賢い選択だったとも思わないが」

 ルシウスが肩をすくめた。勝手にすればいいというような突き放した態度は、アルタイルには気が楽だ。

「あの後、闇の帝王は何か言っていたか?」
「血を裏切る者を出した上に臆病者ときた、ブラック家も落ちたものだ、と」
「だろうな」
「言われるがままでいいのか?」
「……ルシウスは帝王がどこの家の者か知っているのか?」
「いや」
「意外だ。帝王から知らされていると思っていた。帝王の右腕になるに申し分ない血筋だろう」

 ルシウスが正体を知らされるほど信頼されていないのか、知っていてシラを切っているのか。つい開心術で暴きたくなる。マルフォイ家の長子とあろう者が閉心術を身につけていないとは考えられない。心を覗きこんだら最後、待っているのは二人の信頼関係の破綻だ。

「あのお方が誰かを信じることはないだろう」
「なのに頭を下げてついていくのか?」
「力のある魔法使いであることは確かだ」

 ルシウスが自分の左腕を押さえた。その仕草にアルタイルが目をとめると、ルシウスは何事もないように右手を腕から離した。

「他に力のある魔法使いが現れたら乗り換えそうだな」

 ルシウスは色の薄い目に冷ややかな光を浮かべると、鼻先で嘲笑った。

「大事なのは我が家に利益があるかどうかだ。落ちぶれる相手に尽くすのはグリフィンドールの愚か者に任せればいい」

 

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