第24話 海蛇の夏

 昨年ジェームズがシーカーになってからグリフィンドールは負け知らずだった。――そう、“だった”のである。激戦の末にハッフルパフがジェームズの輝かしい連戦の記録を止めるまでは。

「ハッフルパフに乾杯!」

 エリックがジンジャーエールの入ったグラスを高々と掲げた。ウィリアムがグラスをあわせると、重く澄んだ音が響く。試合後の談話室はお祭り騒ぎだった。テーブルには屋敷しもべ妖精に用意させたお菓子と飲み物が並んでいる。いつもハッフルパフを馬鹿にするエリックだが、今ばかりは褒め称えていた。敵の敵は味方というわけだ。
 レギュラスはクィディッチのチームメイトたちと試合の分析をし、観戦ではしゃぎすぎて疲れたローズは早々に寝室に引っ込んでいる。
 アルタイルは騒ぎの中心から離れた所にあるソファに座っていたいつもならエリックとウィリアムの隣にいるのだが、二人を囲む死喰い人の輪に加わることを、死喰い人たちもアルタイルも良しとしなかった。

「盛り上がってる?」

 ジュリアが飲み物を片手にやって来た。エリックの姉で、ペルシャ猫のような愛嬌のある顔立ちをしている。ジュリアが隣に腰掛けると、華やかな甘い香水の香りがアルタイルの鼻をくすぐった。

「今日はスリザリンの試合だったかしら? 違ったわよねえ? あら、ハッフルパフが勝ったの」
「グリフィンドールを負かしてくれてありがとうパーティだ」
「ああ、そういう。なんだろうと楽しいのはよいことよ」

 ラズベリーソーダを飲んでジュリアは満足そうだ。クィディッチに興味がなければこんなものである。

「アルタイル、お菓子どうぞ」

 ビスケットが乗った皿を持ってハロルドが来た。

「気がきくわね」
「あなたのために持ってきたんじゃないです」
「レディへの態度がなっていないわ」
「生憎育ちが悪いものですから」

 ハロルドはジュリアの反対側に、アルタイルを挟んで座った。ジュリアがアルタイルの膝の上に身を乗り出してビスケットに手を伸ばす。ハロルドは皿を高く上げて、ジュリアの手をかわした。

「行儀が悪いですよ」
「あなたが意地悪するからじゃないの」
「危ない、ジュースがこぼれる」

 アルタイルはジュリアの手からグラスを奪った。静かだったアルタイルの周りがあっという間に賑やかになった。

 

***

 青空に白煙の筋を残しながら、ホグワーツ特急が停まった。9と4分の3番線に降り立ったアルタイルは、爽やかな夏の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。そしてため息をつく。

「アルタイル、難しい顔になっているよ」

 レギュラスがアルタイルを見上げた。帰省を手放しで喜べるレギュラスが羨ましい。

「母様のこと? 謝れば許してくれるよ」

 聡いレギュラスには、長兄の憂鬱の原因がお見通しのようだ。
 母とシリウスのことはいつものことだが、今回は母とアルタイル自身のことが頭痛の種だった。ホグワーツにいる間に、『今からでも死喰い人に志願しなさい』『臆病者』『ブラック家を笑い者にするつもりなのか』という内容の手紙が届いたのは何回あっただろう。今日からはそれを面と向かって言われるのだ。

「そうかもしれないが、僕は自分が間違ったことをしたとは思っていない。謝る気はないし、仲間に入れてくださいと頭を下げるのも御免だ」
「アルタイルも結構頑固なんだから」

 やれやれと呆れた調子でレギュラスが言った。頭にあったのは絶賛反抗中のシリウスのことだろう。

「あまり母様を悲しませるようなことはしないでね」
「ああ。わかっているよ」

 レギュラスの灰色の目に切実な光を見て、アルタイルは頷くしかない。その約束を守るのは難しいかもしれないという予感からは目をそらした。
 レギュラスがクリーチャーを呼ぶが、屋敷しもべ妖精は現れなかった。

「まだ来てないなんてないと思うんだけど……。父様とクリーチャーが時間に遅れるはずないし……」
「父様1人で3人も付き添い姿現しをするのは大変だろうしな」

 レギュラスとアルタイルは困惑しながらプラットホームを歩いた。

「おい! アルタイル、レギュラス!」

 呼ばれた方を向くと、痩身の男が父の隣に立っていた。叔父のアルファード・ブラックだ。大きく笑う表情がシリウスに似ている。
 久しぶりに会う大好きな叔父に、アルタイルとレギュラスは荷物の重さも忘れて駆け寄った。

「2人ともしばらく見ないうちに大きくなったな。シリウスはどうした?」
「別のコンパートメントに乗っていたんです。あちらのグリフィンドールが固まっている方にいるでしょう」
「よし。迎えに行くか。オリオンはそこで待っているか?」

 アルタイルの言葉を聞いたアルファードが、オリオンの方を向いた。アルタイルはまだ父に挨拶をしていないことに気がついて、慌てて背筋を伸ばした。

「ただいま帰りました、父様」

 レギュラスもアルタイルに倣って急いで挨拶をした。父は気にしていない様子で、無言で頷き返した。
 シリウスを探しに行く道すがら、レギュラスは嬉しそうにクィディッチの選手になったことを話していた。

「手紙にも書いたけどシーカーに選ばれたんだ! 叔父様が下さったスニッチで練習できたからだよ」
「なに、道具があっても練習しない奴はしない。選手になれたのは紛れもなくお前の実力だ、レギュラス」
「叔父様にぜひとも見ていただきたかったです。レイブンクローとの試合の時なんてすごかったんですから」

 アルタイルもつられて笑顔になる。レギュラスの活躍は我が事のように誇らしい。
 シリウスはいつもの3人、ジェームズ、リーマス、ピーターと一緒にいた。遠目にも苛ついているのが表情からわかる。十中八九、家に帰らなければならないことへ文句を言っているのだろう。ピーターが少し怯えた様子で、リーマスにくっついていた。

「よう、シリウス!」

 アルファードが声をかけると、シリウスの顔が一瞬で笑顔に変わった。

「アルファード!? なんでここに!?」
「迎えに来たに決まっているだろ。帰りたくないってただのをこねてるお前を引っ張って行くためにな」
「ババアがどんだけうるさいかアルファードもわかっているだろ」

 シリウスが躊躇いなくアルファードの元へ駆け寄った。ジェームズたちがシリウスの変わりように目を丸くしている。

「母親のことをそんな風に言うもんじゃないぞ。特に今日はな。せっかくお前たちをうちに泊まらせる許可をヴァルブルガから取ったんだ。取り消されたら困るだろう?」
「泊まり? 本当か!」

 シリウスの表情が輝く。

「お前たちも来るだろ、アルタイル、レギュラス?」
「叔父様、いいの? やった!」
「もちろん喜んで!」

 アルタイルたちはアルファードと共に、弾むような軽い足取りで父が待つ元へ行った。